25.3.20

【札束で顔をひっぱたく】という言い回しの裏に隠された【カネの正体】

この記事は、来月はじめに公開する。
【ハイパーエリアプラス7G】でWiFi制限がかけられているため、PCで入力作業が出来ない。
規制がかかった瞬間プロバイダを乗り換えようと思ったが、それさえままならず。

現在契約しているエアモバイルを恨んでいる。

来月他社に乗り換えるつもりだ。

では、来月また会いましょう。

14.3.20

浅はかな考えは、平等幻想から導き出される

見るに耐えないようなコメントの数々。
支配層に対して性善説という、決してそぐわぬフィルタを通した解釈を以って語るという過ちき気付きもしない。
自らの境遇に肯定的で満足しているしているのは、どういったカラクリに依るのか、思っても見ない。
それが古代より【大衆】と称されるものだ。
その思考回路こそ、古代より一欠片の進歩さえないところの、『その他大勢』である証だ。害悪である。

それ等大衆は、その、なんの進歩もないところの民衆は、支配の野蛮さ無慈悲さ残酷さに危機感を持つ目覚めた人々をいつも押し潰す重荷なのだ。






5.3.20

明治ハイカラの生き残り菓子パン【シベリア】試食!

私はいつもネット上の下らない話題を綱渡りしながらぶらついているのですが,去年か一昨年辺りから気になっていた食べ物がありました。それが上の写真の【シベリア】です。

とうとう購入しました。
実は,ずっと気にはなっていたのですが,私はもともとパンが嫌いなので,購入まではいかなかったのです。といっても,最近,自分が毛嫌いしていたパンというのは,日本のパンだったという事がわかりました。自分自身の事はなかなかわからないものです。欧州に10年以上住んでいながら,日本でのパン嫌いをそのまま続けて,殆どあちらのおいしいパンを口にすることがなかった程に憎んでいた,特徴的な日本のパンを二度と味わいたくない,そういう深層心理が,私をして,シベリアにNOといわしめ続けたのであろう。

しかし私は自らを規定して縛り付けるものでは決してない。自ら望んで意固地になっているのではなく,全てに手が回らぬこともあるというだけだ。試さずして結果を知ることもないのだから,試してみようじゃないか。何時までも遠くから眺めているわけにもいかないだろう...。

と言う訳で,食べてみましたシベーリア。



...,手に取るべきものを間違えてしまったようだ。

これはカタチだけのシベーリアに違いない。

私の想像というか,創造とは全く違うものであった。

私はほかの人のレビューを見てからどのシベリアを手に取るか決めるべきであった。

今回の試みは,私のパン嫌い病には完全に逆効果であった。

パンを嫌った日の味覚感覚がよみがえる。


「…なぜこんなにフワフワ過ぎるんだっ(エアリーすぎて味がぼやけるこの食感)!」

「こんなのシベリアじゃないっ(食べたのはじめてなのに)!」

...せっかく最近丁度パン全般が気になりかけていた時だというのに,何という選択の過ち!

自分でパンを作る用意さえしていた矢先にこの大失敗。

ああ,矢張り日本のパンはダメだ...というか,シベリアってパンなのか??


自分の予想では,パンというかカステラ部分は,もっと身の詰まった重めの生地であるはずだったのに!(脳内で勝手に違うものを製造しただけです)


第一印象は「美味しそうであり,と同時に,味気無さそうな」いつの時代のハイカラか謎の存在。とてもユニークなものでした。(過去形)


きっとどこかに美味しいシベリアがある!と信じたい。(未来における願望成就への期待)


という事で,これからシベリア決死隊となって探索してきます(ひとり検索隊です)!


では,究極のシベリアを探しに行ってきます(外出はしませんが)!


ではまた('◇')ゞ



最近のベジタリアニズムは細分化され敷居が下がったが,右へ倣え!!( ゚Д゚)ナ,ナンダ?

ベジタブル・タコスとサルサの,どアップ画像

軍隊のように縦横に整列するレゴ人形の群れ。背景色白一色。6体の顔のない,白い人形が手を降ろした同じ格好で整列しているが,後ろから3番目だけが赤色で,片腕を腕を腰に当て,もう片方を上にあげた陽気なポーズをとっている。いまだになかなか進まない日本のベジタリアニズムだが,(おそらく2010年台中盤くらいから?)過渡期を経て細分化されかなり敷居が下がってきたようだ。

ベジタリアニズムには元々敷居などないのだが,現在に至るまでの日本では,ベジタリアニズムはまるで宗教扱いであった。(というか,大半以上の大多数がそういう反応であった。)

欧米ですら,いろんな形での抵抗感を人々から感じる事は確かにあったが,日本ほどではなかった。その抵抗感とは,雑食の人々が,自らの罪悪感を打ち消したいがため雑食を正当化したり,あるいは,健康的ではないと本気で思ったりしている人々の疑念に道ら態度などであった。

日本では,どんなことでも,他人と違う事はダメなことだ,という極端なワレワレ意識というか,未知のものに対する拒絶反応といったところだろうか??


私個人は他人に対して,ベジタリアニズムを表明したり,また,勧めたり,雑食を諫めたりなどは一切したことがなく,普段も菜食主義であることを隠していたし現在でもそれは変わらないのだが,そもそも,私が思う,ベジタリアニズム精神の目指すところとは,広く人類に受け入れられ実践されることであるから,時が経つにつれ実践者が増えていくことは菜食主義世界の明るい未来そのものだ。


菜食主義を教義の一つとする宗教の信者を除き,もとから肉食である欧米人種が真っ先に宗教抜きの菜食主義の先陣を切って歩んできたのは,やはり,人類において相対的にみて,余裕がある立場であったからだろう。動物も人間も,四六時中目まぐるしく生存競争に明け暮れざるを得ない環境では,ものをじっくり考える余裕すらないという事だ。

日本が欧米並みに肉食をするようになったのは,戦後からだろうと思うが,その日本人が最もベジタリアニズムに対して警戒が解けないように見えるのは何故なのだろうか?

隣の台湾や,また,中国でさえも,ベジタリアニズムは根付いていて,菜食専門店や菜食用の別メニューがある飲食店は何処にでもある。


深く考えず,単純に考えてみると,一つの答えが浮かんでくる。

日本では,「上から全員が従うように強制されなければ,誰も手を付けない」という事だ。これは,選挙で投票に行かない人達にも共通した心理だと個人的には思うのだが,どうだろう?

私は,選挙の投票は,罰金アリで国民の義務として定めるべきだと思っている。

私は,日本人の大半は,日本政府に消費税をいくら上げられても,その消費税の使い道が不透明であっても,そのうち30%や40%になっても,まだ何もしないのでは?と,危惧するものである。


冷笑的な態度でいても,何も変わらない。ベジタリアニズム同様,自分自身の行動を変えなければ,世の中は決して自動的に変わったりはしないのだ。
政府が上から私たち国民の処遇を決定して生存権さえ削られているのが現状だ。
他国の抵抗や運動や闘いを見ていると,何もない日本に,危機感を覚える。
危機感というのは,ここにいると,自分一人がいくら声を上げても,他の日本人はただ上から言われたことに従うだけで,良いように踊らされても平気で生きている者達に合わせて生きて行かなければならなく成るからである。
日本国は昔から互いに戦い続けてきたのだ。そこで天下を盗った者たちが,自分の家族ではなく,味方ですらなく,対等な関係ですらなく,国民のために働いているわけはなさそうだということにすら,考えが及ばないほどに,日本人は余裕がないのだ。なぜかはよくわからない。

私たちのなかで,日本の歴史はどこかで断絶したまま,いまだに繋がらない部分だらけなのではないだろうかと,よく思う事がある。
この世界最古の国家を維持する(それさえ幻想である可能性を否定できないが)それ程古くない歴史ですら,様々な形で断片的に資料などがあるだけで(それらの証拠すら偽造である可能性を否定できていないものが多い),その他は憶測,推測の域を出ない。
多くの歴史好きの日本の人々が,日本は,途中で乗っ取られた国家であると主張している。私は歴史に疎いし,そもそも歴史のように,過去のときの勝者たちが好き勝手に言い放った滅茶苦茶なオハナシの真相を解明するなんて考えただけでも気が遠くなって眩暈に襲われるので,誰かすごい人たちが解明に力を注いでくれることを望むし,出来るなら協力するし,応援する。←結局ソレカヨ



3.3.20

無料画像素材サイトに自分で撮った写真をアップしたら拒否された!その基準とは??

写真評価のページ。✖とチェックマークのどちらかをクリックして評価する仕様。まず,
このページをご覧ください。→
(他人様の写真なので,被写体を隠しています)
他人様の写真を〇✖で評価するページです。











このページは,登録者がアップした写真を,他の登録者が評価するためにある。互いに評価しろ,というわけだ。
私の目には,どれも有用であるように見えるのだが,多くの人が,写真の質にとてもこだわっているようだ。


無料素材の写真を利用している私やほかの人が,全員,そんなクオリティの高い,そして見栄えばかり良い写真を探してこのサイトを利用しているとは,私には思えないのだが…。しかし,実際に多くの人が,クオリティの高い写真だけにOKを出し,見栄えが悪い場所を取っただけの写真を却下,排除しているようだという事は,評価ページで色んな画像を見ていてわかったような気がする。


私は,次々と評価を求めて表示される全ての写真にOKしてしまった。
何故なら,私の考えでは,まるで広告の補正された写真のように,見栄えの良い写真ばかりがあっても,全ての需要にはこたえられないのではないかと思うからだ。


これらは,評価の分かれる写真か,却下された写真なのだろうか。
寂れて汚れて見える村のような場所を走る電車の写真や,明らかに悪天候(曇り・鉛色の空)に撮られたであろう色味の良くない写真が次々と表示される。


個人的には,そういった写真があってくれた方が助かる


例えば,『悪天候で出かける事になった旅行の初日』についての記事を書く時などに,こういう写真があると助かる。実情を表現するためには,より現実に近い方を選びたいのだ。


ちょっとぼやけた写真にしてもそうだ。
それが何の役に立つかというと,『悪くなってきた自分の視力で見える視界』を表現する図として,有用なのだ。



商用で使う人は有料の画像素材を利用するだろう。

プロが作ったようなキレイな画像を使いたい時もあろうが,そうでない写真の需要も確かにあると思う。少なくとも,私の場合は,より実態に近い写真を選びたい。ぼやけているものや,見栄えの悪い場所の写真,または暗めの写真を含めて。
自分の顔写真についても,あまりきれいに撮れている写真を人に見せる事にはためらいがある。普段と違ってキレイに撮れてしまった写真だと,かえって気恥ずかしいからだ。そういう写真は自分用として個人的に楽しむ。(自己陶酔用。またはドヤ顔用として冗談半分に見せびらかす時のため)


素材用イメージファイルのコミュニティに申し上げたい。

もう少し許容範囲を広げよう!
そしてそれ以外の需要も想像して評価しよう!


きれいな写真ばかりに需要がある訳でもないのだ。






有料ダイヤル0570ナビダイヤル(現在企業の多くが客除けに設置)の功罪



ヘッドセットを着用したコールセンターの女。ドヤ顔でカメラ目線。


言うまでもなく,功罪の「功」の方は,全て企業側である。

客の大半を黙らせることが出来る。
カスタマーサービスに人件費を割かなくて済む。
客に仕返しできる。(わざと話を長引かせて意地悪く嘲けているような電話受け役が多い)
ヘッドセットを着用したコールセンターの女。カメラ目線。


こういうのも,「殿様商売」と表現できるのではないだろうか。
現在では,かなり多くの企業が導入していて,カスタマーの事を「迷惑なヤツラ」とカテゴライズしてみていることが,この番号を導入していることによって,明らかである。


この番号にかける事が嬉しい人はいないだろう。
かけ放題を利用している人が多いのだから,この番号を使用すること自体が,「くやしかったら電話してみろ!たらい回しにして長話にこたえてやるぜ!」と客をヤッツケル気満々なのがあまりに明白。

ヘッドセット着用のマネキン頭部の写真

こんなところから日本のサービスは崩壊している
皆責任感から解放されて,仕事がしやすいだろう。

何しろ,自分の至らなさを,客のせいにして済ますという技を身に着けたのだから。
そしてそれを聞き入れる中間管理職や経営者もいて,「客は全部クレイマー」と決定してしまった結果が,ナビダイヤルという,客を完全にコケにした末の回答なのだろう。

これでは,他のアジアとの差がどんどん縮まり,仕舞には大して違わない上に,日本語や日本文化を勉強している人たちもどんどん増えていることもあるので,いまに追い抜かれるだろう。日本の高くて(客にとって)屈辱的なサービスより,多少テキトウでも,「安い」という価値がプラスされた海外のサービスに人が流れるのが普通の流れだ。

しかし,日本人というのは,消費行動に大きな力がある事を分かっていない。
海外では「不買い運動(ボイコット)」に象徴されるように,消費者たちが,自らの日常の消費行動が,企業をも動かす力を持っていることを知っている。だからこその不買い運動(ボイコット)なのだ。

日本人は日常に流され,消費行動を変えることは出来ない。
自分ひとりが変えてもどうせ,どうにもならない,と,初めから決めてかかっているからだ。その反面,何故か,テレビに踊らされて大量に買い込むことは大得意である(苦笑)


日本人が消費行動を武器として自覚する日はいつ来るのだろうか
愚かすぎて涙も出ない。
こういう団体と一緒にいるのは,ある意味,とても恐ろしい。
戦争を止める事も,汚染源を止める事も,悪徳企業を駆逐することも,何もできずに飼い慣らされ続け,いつか食われる日を待つだけだろう。


消費行動は,企業への投票だと思え,と何かで見たことがある。
全くその通りだ。
多くの客が集まった企業は,その後,世に蔓延るのだから。




 

コロナウィルスでトイレットペーパー( ´艸`)売り切れ?の謎とエボラ治療薬お試しの謎

白い背景。前面に立つのは,サンタの帽子をかぶった人間。何故か,トイレットペーパーを左手に持ち,惚けた表情で遠くを見つめている写真。

ニュース記事のタイトルで見た文面だが,コロナウィルス蔓延がトイレットペーパーの買い占めに繋がるとは是如何に?
ちびる程恐ろしい,という以外に思いつかない...。
外出できなくなる可能性を見越して??
うう...矢張りよくわからない。

先月,私がインドシナ辺りを彷徨っている真っ最中に流行りだしたコロナウィルス。コロナウィルスについて,初めて現地の人から聞いたときは,いったい何事かと。
その時ちょうど風邪の様な症状に罹っていた私は,帰国時(2月5日),空港で引き留められるか?と思い,ちょっと緊張していたのだが,逆に何にもなさすぎて驚いたほど。

あれだけ騒がれているのだから空港でチェックしているものと想定していたからね…。

半月位ずっと熱があったので,捕まって隔離されるのでは?とハラハラしたものだった。

風邪のような症状が一応全回復した現在,これがコロナウィルスでなかったかどうかは知らないが,接触していた知人が無事なので,ウィルス性ではなかったらしいという事。

それはさておき...
私個人が感じる事だが,今回の「コロナウィルス」は,死亡率がそれほど高くないという事も,ニュースの端々から見て取れるほどだし,インフルエンザと比較しても死亡率は低い方なのではないか?実際,インフルエンザの方が多くの人が死んでいるらしいという記事もチラ見した。

それなのに,この大騒ぎ。

全世界にこの騒ぎを齎し,騒乱を拡大させたものは一体何なのか?

中国の武漢には,中国では唯一,最高レベルの病毒を扱う化学研究施設があるという。「コロナウィルスは人工的に作り出されたウィルスである」,と,欧米は見ているらしい。私が旅の途中で聞いたのも,全く同じことだった。「中国がウィルスをばら撒いてる(やっぱ中国はアブナイ,と。)」と。旅で忙しかったため全くニュースを見ていなかったのでその時点で何の情報もなく,後でPCを開けば,自ら検索するまでもなく,ニュースが目に飛び込んできた。

世界規模の伝染病に対処するための予行訓練?

・・・だとしたら,確かに日本政府の対応はお粗末そのものだ。

ちょっと前まで騒がれていたエボラ出血熱を思い出す。
富士フイルムホールディングスがアビガンという薬を持っていて,それがエボラに効くとかなんとかいうニュースがあった。
なんと,今回のコロナウィルスにも同じ薬を使ってみるという話が出ているようだ。
エボラに効く薬を,なぜ,「試してみよう」という事になっているのか,完全に謎である。謎。謎。なぞ...。

新型肺炎、エボラ薬の効果を4月公表へ

 新型コロナウイルスによる肺炎への効果が期待されているエボラ出血熱の治療薬、レムデシビルに関して、中国政府はこのほど、実施中の臨床試験の結果を4月27日に公表できるとの見通しを示した。記者会見で知的財産部門の高官が述べた。レムデシビルは米製薬会社が開発中の薬。日本でも承認を目指し、3月にも臨床試験を始める見込み。湖北省武漢市の複数の病院で重症から軽症まで多数の患者に投与し、効果があるかどうかを確かめている。高官は臨床試験の結果に強い関心を寄せていると述べ、米製薬会社が中国で特許の申請作業を進めていると明かした。(北京 共同)

 
 

2.3.20

好きになれない日本の言葉 -1-


家の外からカーテンのかかっていない窓を見た写真。窓の向こうには女の子が見え,憮然とした表情でこちらを横目で睨んでいる。
!白い目&虫唾!


便利な言葉なのかもしれないけれど,なんだか許せない。これら単語は,「日本語野を通り過ぎてどこか遠くへ漂着してくれ」と願う。

▼ ほっこり

▼ ローンチ


ローンチの方は,単に日本語の語録不足から使い始めたのだろうし,「語感が日本語に合わない?」と私は感じる。

ほっこり,という単語は,語感が...何というか,ほっこりし過ぎで,矢張り,「どこか遠くでやってくれ」,といいたくなるくらい,どこか生々しい響きがいやらしいと感じるのである。なんだか,臭ってきそうである


語感が許せない単語,また,日本語として定着してほしくない単語というのは,たまに見かけるので,今度思いついたらまた書きたいと思う。

コメント欄に,嫌いな単語だけでよいので,書き残してくれると,面白い事になると思う。(ただそれら単語についての私個人の意見を述べるに留まるかもしれないが)

ではまた!!

 


右左という幻想は支配層にとって好都合【日本社会は右左といえる程平等では決してない】の巻



このような話題は、世の中では、多くの人々が避けがちな話題だと思います。
日常では全く聞くことのない話題ですが、誰にとっても明白であるべき内容だと思います。国民同士で見解を照らし合わせるために議論すべき重要な内容だと思います。

因みに私個人の考えを述べますと、右左というのは、実は、「事実現実を見誤らせるための言い方」であり、具体的に言って、「右・左は【同列】であるように感じられる」という面において、欺瞞的表現であると私は思います。


それでは私の考える実際の日本の社会はどういったものかというと、大きく分けて、【支配側と、媒体、(中間管理)、そしてその他】という三つに大きく分けられるものと認識しています。

しかし一方支配側としては、私たち「その他」が勘違いして自らを中流であるとか所謂【右】支配側と所謂【左】は同列である、などと勘違いしてくれれば支配がさらにやりやすいので、こういった言論を社会に仕込み、または野放しにしているのだろう、と考えます。

最近「上級国民」という言葉が盛り上がっていた時がありますが、それは氷山の一角でありまた現在格差拡大によって表出してきた実際の社会構造の姿だと感じています。

 

1.3.20

世界の様々な仏像を見るとき、どうしても頭の中で重なり合わせてしまうモノ




不敬極まりないというか、いや、私個人のものの考え方に依ってみるならば、全く不敬感などないのだが、世界に存在している様々な仏像(巨大なものや群を成しているもの)を見るとき私が思い浮かべる事は、過去閲覧して印象に残っている、ある本に載っていた「心理実験」の様子だ。

その実験というのは、猿を入れた檻の中に、人間かボス猿(ここは記憶が朧気だが)の檻の中に写真を立てて置くと、猿がそれを意識し始め、自分が何か良くないことをする際には、その写真立てを、見えないように伏せてしまう、という場面である。

巨大な仏像を見ると、どうしてもあの猿の心理実験が思い浮かんでしまうのであった...。


切り立った崖に彫刻してある巨大大仏の写真を見てまたぞろアレを思い出した今日の昼下がり。



ものの考え方の部分を説明すると、私は、猿を馬鹿にしていないので、猿と人間を取り違える様な事を言っても、特に不敬であるとかは感じないというだけだ。
それに、仏像を貶したわけでも何でもない。

私は、「自分は、人 間 様 で あ る !」…と、心の中で意味もなく威張り散らしている様な傲慢ちきではないので、猿と同列でも怒ったりしないというだけで、他人が感じる事の責任を取るつもりもない。感情的になる前に、自らも、正々堂々と、主張すべきだ。
自分の主張もなしに他人の批判ばかりするのは止めたほうがいい。

言論には言論で。

言論に対して暴力で答える生物を人間と呼んでよいのかどうか、と、よく思案することがある。



29.2.20

【忘却】海外に一か月いただけで、日本の住所や電話番号をすっかり忘れてしまった話。

今月初めのこと。
海外を旅して一か月後、帰国直前に、スーツケースを日本に送る際にそれは起こった。

日本の住所も電話番号も、すっかり忘れてしまっていたのだった。

と謂っても、県や市だけは覚えているのだが、町名は朧気になり、番地はすっかり忘れてしまったので、テキトーに書いて済ましてしまった。

電話番号も、090か070かさえ朧気で、番号はさっぱりわからなくなっていた。(私の電話番号は、0が多く、とても単純で、忘れる方が難しいくらいのなのだが。)


その時は焦燥感に駆られて記憶をたどろうとしたが、すっかり思い出せない状態だった。まるで、日本に居場所を失ってしまったように感じたものだった。

しかし、時間が迫っていたので、そのままにして荷物を預けた。
帰ってから郵便局に連絡すれば何とかなるだろう、という結論に行きついた。
直ぐには必要ないモノばかりである事と、船便なので、時間がかかるだろうから、まだ郵便局に連絡をしていない。


現実逃避というか、今回の旅は、行きたい国に行ったのではなく、ただ日本を脱出したい、自宅に帰るのを出来るだけ伸ばしたい一心で、国内の移動先から旅程を決定し、すぐに飛んだ、という経緯があり、いわゆる逃避行のようなものであった。

海外へ行けば、脳の切り替えというか、言語スイッチが変わり、それによって、思考回路もすっかり変わる。
現住所にいるときとは、頭のスイッチが全然別の世界にワープしてしまうのだ。

脳内逃避行である。

現住所に散々嫌気がさしているという事もあり、内面の自分は解放された状態になり、日本を脱出しているから、記憶も忘却の彼方へと追いやられてしまうのだ。

嫌気がさしている現住所から、早急に引っ越すことがそれを解決する事になろう。

しかし、ここへ帰ってくると、気力がなくなってしまうので、悪循環である。


今月の出来事であるのにも関わらず、もう遠い昔の出来事のように感じている。









検索は【ヤバイ】...?

単語一つで検索をかけると、よく出てくるのが、『●● ヤバイ』だ。(笑)
最近の検索で頻繁に見るようになり、あまりにシンプルトンな検索ワードなのでメモっておく。

出てくるたびに「何がヤバいのか?」、と一瞬、思うだけで通り過ぎていたこのワード。
思うに、【単語 + ワード】 で、その単語にまつわる悪評などを検索したかった人が大勢存在していた結果の「ヤバイ」 なのではないか、と思ったのだが、あなたは「【ヤバイ】検索」をしたことがありますか?

もしかしてヤバイを検索ワードに入れて検索した結果が、このページに行きついた、というわけではじゃないでしょうね?( ´艸`)

では検索楽しんでください。(笑)

28.2.20

今回は支離滅裂なつぶやきへ展開

諸行無常は浮世の常。
時間がすべてをインサイドアウトにぶちまける...。
覆水が盆に返る日もいつか来る。それが、時間。
アルファ&オメガを繋いだウロボロス

感覚を夢見る。
幻を生きる感性。

私の見ている、触れている、過ごしている、感じているのは何?
私とは何?

完璧主義の時間が操る重力の壊れたこの世界
球体が地ならしするその空間

崩壊してゆく
崩壊したあとの、には、
崩壊するしか、ない…。

無いところにしかありえない。
あるというところには破滅が無をもたらす
命ある限り、動き続ける自己を乗せて私となった自分は行くしかない

しかし何処へ?
何処へ行ってもただ覗いているばかりで
このままでは出られない


もう寝ようと思う
寝たところで
全ては動き続け変化するが私はそのままだ

感覚がマヒしそうなこの寒さの中で
熱を発する者は自分一人だ



発熱が寒さを表現する
冷気を受け入れる器はここにある
なにも無いが故に。

一つのうちの相反は背中合わせの双生児のように
また、次なる崩壊したあとの無へとつながり、
この覗き穴から取り巻く球体を見出す

空は輪郭と接点
流入して輪郭は変形し原型を忘却させる

球体, 時間, 永遠, 融合, 交わり逆転、統合

輪郭を外せばメビウスと、球体も揮発し、流入して永遠の堂々巡り
上下左右天地、膨張、凝縮

果てしない時間の有限





ネット界の片隅からこの世の全てを覗き見る今世紀の人類はこれから何処へ行くのだろう

 私は、ネットの世界というのは、世間が言うのとは裏腹に、人間同士が精神でつながる事を可能にするメディアでありその延長線上に展開された世界であるとして見ている。

所謂『現実世界』において、人間は心を、本心を隠して生きているが、ネット上では、身体ではない、別の、2D・3Dのアバターなりハンネなりを自分の新たな姿として、新しい自分を実現しているよう思う。

特に日本では、自分自身を居心地よく感じている人の割合が、他の世界と比較しても少ないように感じられる。

だからこそ、日常の仮面と化した現実の自分の身体を一時的に脱ぎ捨て、新たな場所(ネット上)で新たな体(ハンネやアバターやゲーム上の自キャラ)を介して、あたらしい自分を生きる、という面において、そこで表現されている人格(キャラ)を、(現実世界の型にはまったペルソナ)より真のその人の姿に近いものとして位置付けてみる事が多いのだ。少なくとも私個人はそういう視点でネット世界を観ている。

そうでもなければ、疾うに、ネットなど放り投げていたことだろう。
もしネット界が、世間でよく言われるように、偽りと騙しばかりであるならば。
もし私個人が、ネット界で新たなアバターを使って表現された人間の違う面を肯定的に捉える事さえできないとしたら。


 ひとつの単語をネットで調べれば何でも出てくる。
正誤織り交ぜ感覚器官神経感性は十人十色だ。

理解できるか否か。好きか嫌いか。一つの体験か。
ここへきて人間はまだ、物事の所有という幻想を実感し続けられるのだろうか?







.

  

27.2.20

いまだに世間ではテレビ信者が優勢であることをアクセス数から実感した。そして話はGアカウントへFBへ

以前、『沢尻エリカ』という芸能人の名前をタイトルに含めて記事を書いたら、その記事へのアクセスが最も多くなって不審に思っていたが、何のことはない、そのからくりは、世の中のカスメディア勢が話題にして世間を騒がせているような物事に関連したワードが検索に引っかかっていただけというわけだ。しかもそれはおそらく、検索エンジンからではなく、このブロガー内で表示されたときか、あるいは、ブログ村で『新しい記事』として挙がってきた私の記事を、その単語だけで反射的にクリックした人が多かったというだけなのだろう。

そう考えると、人気のない私のページが寂しく思えてくる

まあ、そんなキーワードで引っかかった人が多く自分のページをクリックしたからと言って、それは私の実力ではないし、戦略の一部ですらなかったわけだから、元々無かったものなのだ。しかし,別の面で多少の勉強にはなった



 しかし私にも、閉鎖されてしまったグーグルアカウントで持っていたブログで、多少は人通りのあるブログに連載したことがあった。と謂うか、そのブログはまだ残されている。
ただ、パスワードのみならず他の何もかも忘れてしまったため、アカウントにアクセスできないだけだ。『何もかも』というのは、つまり、アカウントを作った年月日だの、名前だの、それを登録した国だの、生年月日など、など。・・・そんなことは覚えていない。VPNがどこを経由中かなんて事はいちいち確かめないし、グーグル大王にイチイチ個人情報をそのまま告げるほどノー天気でもない。だから、何も覚えていない。

ということで、これについては、諦めるしかないのかもしれないと思っている。
だが、昔の写真は全てそのアカウントにあるため、諦めきれないでいる(10年以上『完全なる旅人(帰る場所もなく地球上を放浪)』だったため、現実の荷物保存が出来ない上に(さらに,持ち物全てを盗まれたことが二度ある)、記憶媒体に保存してキープする事さえ出来なかった。そのためにクラウドなどに保存していたのに、それを乗っ取られてしまい打つ手がなかったのである。クラウドの意味がなくなってしまった)。多分、このアカウントはgmail創立当初から利用している。

今思い出したが、20年利用しているhotmailにも,復帰できないアカウントがあるのだった。先ほどログインを試みるも、玉砕。対で作ったアカウントには復帰できたのに、メインであった方にログインできず…。マアシカシコチラニモオチドガアッタノデアル。 諦めきれないが。

 しかし、思うのだが、アカウントからの締め出しを行う際、私のように『正直でないユーザー』を、目の敵にして締め出しているような気もする。これは被害妄想か?いや、そうだとも言えないはすだ。何しろ、何度アカウント閉鎖にあってそれらの問題と対峙し、やり取りしてきた経験が多くあるのだ。Gに限らず…。


 蛇足というか、こちらも自分にとっては大変なショックであり大問題だったのだが(いまだにショックである。これまた、そこにしか保存されていない写真をアップしてあるため)、以前には10年使っているFACEBOOKアカウントからも締め出されたが、その時は個人情報云々ではなく、一方的に締め出されて、しまいには日本語と英語でメッセージをしたが、その反応としてイチイチ話を逸らされ、明後日の方向に誘導され、なしのつぶてであった。その時のFACEBOOKの反応は、それはとても奇妙であった。その時は、こちらにバンされるような落ち度はなかった。理由を聞いても答えもしなかった。まるでテンパった様になって次々と話を逸らし続けたのである。

FBで次に作ったアカウントに、本名は使用していない。
いや、元々、個人情報流出への保証もなく、それどころか、逆に、「本名でなければならない」などと、ユーザーを脅すようなポリシーでオープンに運営していること自体が間違いだろう。

そういう事は、社畜社や社畜養成所(職業訓練・研究機関以外の学校)だけでやっていただきたいものだ。おわり。





12.12.19

言語学習のススメ(忘れっぽくなったら...)

外国語に少しでも興味がある中高年に、脳を鍛える手段としての言語学習をお勧めします♪

特に、「最近忘れっぽい」・・・という方々は、言語学習で、記憶を、改善する事が出来ます。

無料の言語学習アプリが多くありますが、その中で一つ選ぶとしたら、DUOLINGO をお勧めします。

本格的な言語習得には及ばないかもしれません。しかし、これを続けていくうちに、海馬が活性化されるのか、どうか、実際の働きは、脳学者でないので、科学的にどうなのか、という事を言うことは出来ませんが、わたくし個人の実体験として、確かな改善が見られました。

私はかなり忘れっぽいのですが、これを始めてすぐに、記憶の改善を実感しました。

言語学習に限る事ではないとは思いますが、新たに何かを学ぶこと自体が、矢張り、記憶力を改善するのではないかと感じています。

ついでに言うと、多言語話者は脳内の事情によって、身体的にも若く見える人が多いとのことです♪

【つくられた右傾化】~中身のない "ウヨク" はネット時代のでっち上げ~


はじめは実在の人も結構いたかもしれない。しかし現在となってはすっかりほころびが出てきた「いわゆる・ウヨク」の群れ。

初期にウヨクっぽい方向に触発された、という人たちの気持ちはよくわかる。
それは現在まで、まるで「タブー化」されていた領域であった。

いつからか突然現れ始めた「ニッポン・バンザイ」満載の、ネット上の記事や、動画を観れば、今まで日本国中を覆っていた、「重い罪悪感」を覆し、「日本はただの悪者ではなかった」という罪悪感からの解放感であり、日本国民の殆どが、程度の差こそあれ、「そうだ、日本はそんなに悪くない。むしろ、あんな、こんな、良い事もした。」・・・と同調したくなるというものだ。


同時期に、youtubeなどの動画サイトで活躍(?)する【日本回帰派】とでもいうべき人々が色んな抗議活動などをアップして世論を盛り上げた。実をいうと、私も、その中で面白い活動をしている小さな団体の動画を楽しんだものだ。(ただ面白かったので)

日本国内の韓国や朝鮮系の人たちに向かって拡声器で暴言を吐きまくる動画などもあった。アレはちょっとやり過ぎに見えたが、拡声器を持っている人の口上が、いちいち冗談みたいで可笑しかったのと、あまり破壊力がなさそうだったので、まだ笑ってみていられた。

現在ではそういう面白いものはなくなり、単なるヘイトと化したようだ。
それが現在では、「アベノシンジャーズ(安倍の信者たち)」と云われる人々や、すっかり思考が凝り固まって、すぐに論破されてしまう様な人々しかいなくなってきた。
安倍政権は、ネットに書き込みするボランティアとかアルバイトを常に募集している(自民党・ネット・サポーターズ・クラブ)らしく、それも現在、裏付けがされて、隠し事でも何でもなくなってしまった。

最近でもたまにネット上でそういうサポーターを見かけるが、一言で論破されてしまうので、誰が見ても、信念などない、単なる、アルバイトにしか見えない。

そもそも、売国している政党が、真の愛国者を使えるわけもなく、真の愛国者が、「いわゆるウヨク」と相容れる訳はないのだから、当然と言えば当然。

いわゆるウヨク」・・・

これを簡単に言うと、『天皇を頂点とした階級社会で洗脳され切った下層階級』と言っても誤りではないと思う。

以上。



4.12.19

いまだに安倍晋三を支持しているという人は、テレビしか見ていない人しかいないでしょうね


所謂、というか、今となっては、「完全情弱」の部類ですが、いまだに日本国ではテレビ信者が多いのですね。

格差が開き過ぎたこの社会で、格上以外でも支持している人たちがいるというのだから驚きです。

テレビを通せば、嘘しか言っていなくても、良い事ばかり宣伝していれば、ついていってしまう人たちがいる。

毎日ハラハラするのも体に悪いですね。

テレビから物事を判断する時代は終わりを告げました。

どうぞ国民のみんなが気づいてくれますように...


1.12.19

【発音も文法も関係ない】【通じればよい】?いいえ、事実はこうです。



というのは、ネイティブと話す場合、発音によって信頼度が全く違ってくるからです。
日本でも、欧米人を除外した(これも問題)変な発音の外人は、『アヤシイ外人』という風に、いくら言っていることが正しく事実であっても、周囲のネイティブがまともに取り合わないでしょう?...まあ、そういう事です。

29.11.19

【発音も文法も関係ない】は、自分の用事が済めばよいと思っている人が言う事。


英語話者でよくこういう人がいる。
相手の訛りを楽しんでいるなら、趣味は悪いものの、まだよいが、
教師としてこんなことを言っている人も良くいる。

つまりこのような人は、ネイティブでない人はあくまで他人であり、深く関わる気もないのに、自分の時間を盗られるのがイラつくのではないかと思う。

一見、それらしく、寛容で、優しくさえ見えるが、そうではないと思う。
自分の家族として、完全なピジンイングリッシュしか話せない人間を、受け入れられるだろうか?否。こんなことを言っている人ほど、ゼノフォビアな内心が隠れていそうだ。

世界の殆どが植民地だった時代にも、ネイティブ話者は、奴隷たちにきちんとした言葉さえ教えなかった。愚民政策であり、同じ人間と見ていないからである。

同じ人間と思っていたら、スパルタ式にしてでも、きちんとした言葉の使い方を教えようとするだろうと思う。

内心は『有色人種のくせにIQや言語まで追いつかれたら冗談じゃない』とイラついているのではないだろうか。

それに、英語は彼らが何の努力もせずに持っている商売道具でもある。

如何にまともな英語を教えないかが、彼らの商売を繁栄させ続けるための秘訣だ。

私はそう思っている。