8.11.19

妄想世界と現実世界



さて、今朝の妄想は,東京大空襲についてです。
戦争が終わる前に、不必要にも東京を焼け野原にしたのはなぜだったのだろうか。
急にそんな妄想...朝からなぜか頭から離れない。まさにビョーキです。
今までほとんど考えたこともないそのような戦争時代の悲劇的空襲についての妄想が浮かんでくるなどとは、今まで想像だにしなかったことだ。それなのに妄想は飛躍してやってくる。
妄想とはそういったものなのだろうか...まあいい。これからその妄想が言っていることについて私と一緒に見てみたい人は続けて見てもらえばよいし、人の妄想なんて気持ち悪い、という方は無視していただき、次に書く、なにか違う記事に飛んでもらいたい。
東京大空襲で焼け野原になったとき、復興にかかる金は誰が出したのか。
そしてそのゼネコンが東京を作ったのか。
これが妄想の始まりの問いである。
「そんなこと知りません。」
…普通の人はこのひとことで妄想の種を打ち消して済むのであるが,何せ私は精神病であるからか(鬱やパニックなどであり、統合失調症ではないというが,さてどんなものかは神のみぞ知る、である。神はいないから、結局誰も知らないというのが事実なのである。)
9.11はデモリション会社がやるような都市部でのビル取り壊しのようなやり方でビルがグラウンドゼロになったようなのである。
アレが誰かがやったテロだというには余りに,センセーショナルな大ボラすぎるので、たいていの人たちにはバレている
東京は大胆にもほぼすべてが焼き野原になって、そのあとの復興が、ほぼやりたい放題にできるほど、まっさらな白紙状態までになったという。
戦争って何なのだろうか?
もちろん、大陸では国同士での領地の問題があるが、日本は島国。周囲に隣接する国はない
全ての他国とは海を隔てたお隣さんだ。
ざっくり言えば、東京大空襲は、わざと壊して立て直したかった
そういう妄想である。
なんらかの理由がないと、勝手にそんなことをしたら国民大一揆であるから、なんとか不可抗力であったという事にしなければ誰も納得しないし、国民は反旗を翻すだろう。
さて今回は福島が人の住めないところと言われて遺伝子がヤられた動植物の跋扈する荒れ果てたほぼ無人の地域となっている。一応のところ、「帰還してOKと言っているが.わざわざ被爆しに帰還したい人がいないのは明らかであるから、言っても言わなくても事態は変わらない。だから,言うだけ言っているだけ。
次は茨城か。東海村原発再稼働するつもりであるようなのだ
周辺の市町村が反対すれば、やめるなどと言っているが沖縄を見て見ろ。
他にも周辺住民の意向を完全無視して事はどんどん”向こう”の勝手に行われている真っ最中なのである。以上から鑑みるに、東海村は再稼働されるのだろう。日本国民である住民の意志は完全に無視される予定である。
ついでに、避難の準備をしているというから、東海村も重大事故を起こす予定なのだろう。
そして住民は流浪の民となるのである。

7.11.19

今回のテーマは"神"





はてさて。今回のお題は『』らしい。
真面目に綴ると一行で終わるか,延々と続く文章になってしまうお題だ。
まあ適当に書いておこう。
神を信じるとか信じないとか,霊が見えるとか,仏が現れたとか,先祖が夢枕に立ったとか
神社に行ったとか,教会で式を挙げたとか,墓守は仏教徒だとか,
節操ない日本人


要は,何でもいいから神頼み,縋りつく対象日本においてはそうでしょう?
で,普段は忘れているか,『ありがとうの気持ち』というものに神を込めて、ありがとう、アリガトウ と言い過ぎ。
で、ありがとうと言い忘れようものなら、時間をおかずに目を剥いて発狂するのである。
礼儀がない、という事だ。ある程度は賛成するが、日本の場合は行き過ぎていて、もう【アリガトー真理教】の原理主義者だらけなので人とかかわるのが嫌になる。

それは欧米では『ごめんごめん』と言ってるようなものだね。ごめんで済んだら〇〇はいらんのじゃ。

でもありがとうと言ったらなんでも済まされることにしたいんだろうね。

ありがとうと言い遅れただけで目を三角にして「感謝の言葉はないのか!」と怒り狂う,神に生かされ,神にすべてを与えられて生きている人が殆どだが,ずいぶんと他人には厳しいんのだ。

あたかも,他人に与えたそれが自分の所有物であるかのように。
すべて神様のもんでしょ?違うんかい...?
犬をエサで手懐けるかのようだ。しかし猫様には通じないぜ。ナンダオマエハ。シャーー!!!

太古の昔,猫の神様がおった。エジプトの信仰だ。

アレそのものか親戚が私の夢に出現したことがある。
アレはこんな私にさえ現れたのだから,私は,信じる信じないというより,バステット大好きである。

オバケでさえ,いつか私の前に出現したらとっ捕まえて見世物にしてやろうと待ち構えている私でも,猫の母性というもの程感動させる話のある神話などない。

この世のほとんどの神話は,罪と罰と炎の煉獄と阿鼻叫喚の地獄と差別主義の天国と怒りと復讐と嫉妬と呪いに満ちた,
この世の苦しみの最上級のような世界ではないか。
それを恐れてひれ伏し許しを請うのだ。理由は,ひたすら怖いから。(ぷ

原罪とか言ってるけど,なにそれ。そのせいで,皆が生きていることを恥じたり,神に借りがあるような気にさせて見たり? お詫びに何かアホなお祓いとか貢物とか,ああ!!お布施で許してくれようぞってこと?..
あああもうどうでもいいやこんな話。とにかくこれから寝る。
夢枕に立ったところでお布施する銭はありませんぜ。神の親方さんよ。

 

『自由意志はあるか』の答えはみつかった?

なんだか頻出する疑問というか問いかけというか,よくあるでしょ,『自由意志はあるか
で,なぜか有耶無耶になって終わるパターンの。
まず,『自由意志の定義はなんであるか』からして,出てくるのが遅い。
そして結局,皆,匙を投げ,言い争い(言い争いの場ではないにもかかわらず,日本では議論はすべてケンカ)になるのだった。
自由意志とは何ですか♪
見つけにくいものですか♪
カバンの中も 机の中も
探したけれど見つからないのに
まだまだ探す気ですか♪
それより僕とケンカしませんか♪♪
person wearing shirt standing near tree
...とまあこうなる訳です。そして弱腰軍団は去ってゆく。
そもそも興味すらないんじゃないかと。だから喧嘩好きだけが目立って皆が去ってゆく。
でも,いままでそれぞれの捨て台詞的なつぶやきを利いた中では,『自由意志なんてない』っていう人が多いと思う。
その意味付けは弱いけれども,きっと自分自身のことしか言えないんだろうからだと思う。
日本人に問うのと欧米人に問うのとでは意味が違ってくるだろうとも思う。
欧米人的には哲学と神学が入ってくる。
日本人には神は入ってこない。
そして日本人は,長いものに巻かれる。流される
欧米人は短いものを巻いて肥大してゆく。開拓する
長いものに巻かれる当事者には,自由意志も何もないだろう。そりゃそうだ。
しかし欧米でも絶対者,運命のようなものの介在がある場合はやはり,話が似通ってくるのかもしれない。なぜなら絶対者は『ナガイモノ』の類だろうからだ。
人間の自由意志。"意志"というものを,"人間にしかない自然の摂理への抗い"という意味として解釈するならば,『ナガイモノに巻かれる』ことが選択肢としてあるのだから,『意思』は人間の人たる所以といえるものだといえるだろう。動物にはないかもしれない(尋ねたことはないが)ものだ。

皆が各々好きなことをする。それだけで自由意志じゃないのだろうか?
しかし「自由にしろ」と言われたらどうして良いか判らないという人もいる...

こういう人は牧場に入ってマッタリしていたいのだ。それならそれも自由意志だろうか。
というよりも,自由意志があってこその行動ではないのだろうか?
人に従うか従わないかも選択の自由。自由意志の範疇に入るのでは?
他人を押しのけるも,協調するも,自由意志で決めているのでは?
そこで登場する言い草が,『その選択肢だって限られているのだから完全な自由意志ではない』
である。

...ではそこで、創造的に突拍子もなく誰もが思いつかない選択肢を自分の考えで行う,というのはどういうことになるだろう?
『しかしそれだって,限界が...』と萎びた議論は続き,やはり仕舞には自由意志がないことにしようとする自由意志によって問いかけも議論も終わるのであった...
嗚呼,人間...







 

『私たちがもし目覚めてしまったら』

『私たちは"彼ら"に葬り去られる側の"仲良し組"なのだろうか。
私たちが"彼ら"を何とかしなければ、格差拡大をこじらせて彼らは神となり、私たちは動物同然の存在、という時代に逆戻りしてしまうのだろうか?

そもそも人間はただ知恵と力で戦うことによって天地のごとき差が生まれたのだろうか? 疑問だ。
white sheep on farm
それとも、一握りの彼らは歴史において、他を滅ぼし(人口削減、愚民・家畜化)自分たちは知恵も所有も保存して、城に住み、”神”を恐れさせることによって自分たちへ憎しみが向かぬようにし、支配を計画的に行ったのだろうか。
私たちが、囚われた家畜であるとしたら。
そして目覚めてしまったら。
...目覚めてしまった私たちに何ができるだろう?』



 

「オレは科学を信じる」という科学信者の話 (笑)

科学者ですらない、あるお方がこういった。
『そんなdisinfoではなく、俺が信じるのは、『科学』だ』、と。
えぇ!? 

学校の勉強やメディアなどの、検閲された、愚民化、ガス抜き、red herringを目的とする、辻褄合わせの説得力に満ちたオハナシを通じ、それが"科学"というモノだという信念にたどり着き、それを唱えればお上様が褒めて下さるので信念は信仰となり熱狂的信者になってしまったのだろうか。
わたしはただ単に、彼の『信仰の自由』だと思う。
が、
お上のdisinfoの信者になってしまったというわけだ。アーメン。
ただ笑ってすまそう。


朝起きて重力に干渉されるのが地球に存在するものの共通項

寝ている時だけはわからない。
起床と同時に重力を感じるしかない。
年を取るとその感覚は比例して加速していくだろう。
そして仕舞には抗えずに寝たきりだ。寝たきりだよ、みなさん!
特に表出した診断可能な病気をしていなくたって、個人の体力や余力の問題だ。
あーダルい
健康な人だって大した変わりはない。多少のQOLの違いだろう。
だって大多数の人間はせいぜい120年ちょっとくらいしか生きない。
事故や病気も多くある。
現代は高齢化社会だ。

生きる上での危険が減った事、しかし少子化 は由々しき問題だろう。
自分の生命の安全が半分は保証されたかのような世の中に生きていて、寿命もQOLもよくなった気がするんだろう。そして安易に、「自分の好きなことして生きよう。」子供生むのは後でもできる。金さえあれば。

楽しんで生きたい!人生を少しでも謳歌したい!』…こう言う思いは多くの人が持っているだろうことは確かだし、それはそうだろうと多くが納得するだろう。
しかし、大多数の人々がこのような生活体系を維持するには、条件がある。
それはまるで、奴隷と奴隷の主人との暗黙の契約ようなもので、それが常識化している。

それは、ちょっとよく考えてみると、明らかに不平等部分が多分にあるのではないか?と私は感じている。
地球上には、『先進国』と言われる国々がある。
日本も、自称先進国』と表現することが多い。
そこで疑念が湧いてくる。「さあ、それはどうかな?なんかおかしいと思わん?」
国民主体であること、労働時間が短いこと、女性の社会参加においての配慮(性差から、女性男性への対応を変えなければ、真の平等ではない。)...これらだけを見ても、海外先進国(元植民地支配の帝国主義国家であり戦勝国の連合)と比べたら、日本国民の国民主権性なんて全く劣っていることは確かだ。
あまり長く書いてもアレだから、また今度。

【酔ってコメントを書き込み、すっかり忘れている】の巻

あちゃー。やっちまったぁ!


そういう事ってあるよね? お酒を飲みながらSNSを利用していて、明日にはすっかり忘れていた・・・という体験をしたのは私だけではあるまい。

実は、昨日やってしまいまして。元記事も、書いた内容も、さっぱり覚えていないのでした。
読み返したら、返信などもあり、理解はされているようでしたが、英語は間違えているし、覚えていないし・・・もう今日は反省会です。ははは

最近はストレスがひどく、酒を飲まずに眠れない夜が三週間ほど続いているので、危険信号が聞こえてくるようです。

アルコールは脳に良くないので文章力もさらに落ち、ブログの文体も心なしかアヤシイ。

最近は白ワインにハマっているのですが、ちょうどこの間、赤ワインはガンになる、という記事を見かけました。心臓には良いらしいのですがね。いわゆる【フレンチパラドックス】と言われるオハナシ。なのですが、ガンになりやすくなる、という新説が出た途端、フランス本国では、ワインをあまり飲まないように、と、当局が勧告したそうです。

しかし、一つのモノには二面性があるのだな、とつくづく思います。
酒の効果の現れ方にも二面性があり、人間にも二面か三面はある。
英語では、『日本人は三つの顔を持っている』と、まるで特別な事のように言われていますが、日本人以外だって、いくつもの顔を持っている人たちはたくさんいるだろう、と思うのですが、どうでしょう。三つの顔・・・三猿とかけていたりして。ジャップはモンキーだって言いたいのかね?(・・・と詰め寄る私)いや、それは考えすぎかもしれないのですが、まあ、どうでもいいです。同じ人間である自分らを特別視している方が、馬鹿そのもので恥ずかしい存在じゃないですか。

ああーやっぱり酒飲み過ぎて低能になってきたのかも・・・と心配してしまう内容でしたが、とりあえずいったんここで切りましょう。では皆さん、また明日!