7.11.19

『自由意志はあるか』の答えはみつかった?

なんだか頻出する疑問というか問いかけというか,よくあるでしょ,『自由意志はあるか』
で,なぜか有耶無耶になって終わるパターンの。
まず,『自由意志の定義はなんであるか』からして,出てくるのが遅い。
そして結局,皆,匙を投げ,言い争い(言い争いの場ではないにもかかわらず,日本では議論はすべてケンカ)になるのだった。
自由意志とは何ですか♪
見つけにくいものですか♪
カバンの中も 机の中も
探したけれど見つからないのに
まだまだ探す気ですか♪
それより僕とケンカしませんか♪♪
person wearing shirt standing near tree
...とまあこうなる訳です。そして弱腰軍団は去ってゆく。
そもそも興味すらないんじゃないかと。だから喧嘩好きだけが目立って皆が去ってゆく。
でも,いままでそれぞれの捨て台詞的なつぶやきを利いた中では,『自由意志なんてない』っていう人が多いと思う。
その意味付けは弱いけれども,きっと自分自身のことしか言えないんだろうからだと思う。
日本人に問うのと欧米人に問うのとでは意味が違ってくるだろうとも思う。
欧米人的には哲学と神学が入ってくる。
日本人には神は入ってこない。
そして日本人は,長いものに巻かれる。流される
欧米人は短いものを巻いて肥大してゆく。開拓する
長いものに巻かれる当事者には,自由意志も何もないだろう。そりゃそうだ。
しかし欧米でも絶対者,運命のようなものの介在がある場合はやはり,話が似通ってくるのかもしれない。なぜなら絶対者は『ナガイモノ』の類だろうからだ。
人間の自由意志。"意志"というものを,"人間にしかない自然の摂理への抗い"という意味として解釈するならば,『ナガイモノに巻かれる』ことが選択肢としてあるのだから,『意思』は人間の人たる所以といえるものだといえるだろう。動物にはないかもしれない(尋ねたことはないが)ものだ。

皆が各々好きなことをする。それだけで自由意志じゃないのだろうか?
しかし「自由にしろ」と言われたらどうして良いか判らないという人もいる...

こういう人は牧場に入ってマッタリしていたいのだ。それならそれも自由意志だろうか。
というよりも,自由意志があってこその行動ではないのだろうか?
人に従うか従わないかも選択の自由。自由意志の範疇に入るのでは?
他人を押しのけるも,協調するも,自由意志で決めているのでは?
そこで登場する言い草が,『その選択肢だって限られているのだから完全な自由意志ではない』
である。

...ではそこで、創造的に突拍子もなく誰もが思いつかない選択肢を自分の考えで行う,というのはどういうことになるだろう?
『しかしそれだって,限界が...』と萎びた議論は続き,やはり仕舞には自由意志がないことにしようとする自由意志によって問いかけも議論も終わるのであった...
嗚呼,人間...







 

『私たちがもし目覚めてしまったら』

『私たちは"彼ら"に葬り去られる側の"仲良し組"なのだろうか。
私たちが"彼ら"を何とかしなければ、格差拡大をこじらせて彼らは神となり、私たちは動物同然の存在、という時代に逆戻りしてしまうのだろうか?

そもそも人間はただ知恵と力で戦うことによって天地のごとき差が生まれたのだろうか? 疑問だ。
white sheep on farm
それとも、一握りの彼らは歴史において、他を滅ぼし(人口削減、愚民・家畜化)自分たちは知恵も所有も保存して、城に住み、”神”を恐れさせることによって自分たちへ憎しみが向かぬようにし、支配を計画的に行ったのだろうか。
私たちが、囚われた家畜であるとしたら。
そして目覚めてしまったら。
...目覚めてしまった私たちに何ができるだろう?』



 

「オレは科学を信じる」という科学信者の話 (笑)

科学者ですらない、あるお方がこういった。
『そんなdisinfoではなく、俺が信じるのは、『科学』だ』、と。
えぇ!? 

学校の勉強やメディアなどの、検閲された、愚民化、ガス抜き、red herringを目的とする、辻褄合わせの説得力に満ちたオハナシを通じ、それが"科学"というモノだという信念にたどり着き、それを唱えればお上様が褒めて下さるので信念は信仰となり熱狂的信者になってしまったのだろうか。
わたしはただ単に、彼の『信仰の自由』だと思う。
が、
お上のdisinfoの信者になってしまったというわけだ。アーメン。
ただ笑ってすまそう。


朝起きて重力に干渉されるのが地球に存在するものの共通項

寝ている時だけはわからない。
起床と同時に重力を感じるしかない。
年を取るとその感覚は比例して加速していくだろう。
そして仕舞には抗えずに寝たきりだ。寝たきりだよ、みなさん!
特に表出した診断可能な病気をしていなくたって、個人の体力や余力の問題だ。
あーダルい
健康な人だって大した変わりはない。多少のQOLの違いだろう。
だって大多数の人間はせいぜい120年ちょっとくらいしか生きない。
事故や病気も多くある。
現代は高齢化社会だ。

生きる上での危険が減った事、しかし少子化 は由々しき問題だろう。
自分の生命の安全が半分は保証されたかのような世の中に生きていて、寿命もQOLもよくなった気がするんだろう。そして安易に、「自分の好きなことして生きよう。」子供生むのは後でもできる。金さえあれば。

『楽しんで生きたい!人生を少しでも謳歌したい!』…こう言う思いは多くの人が持っているだろうことは確かだし、それはそうだろうと多くが納得するだろう。
しかし、大多数の人々がこのような生活体系を維持するには、条件がある。
それはまるで、奴隷と奴隷の主人との暗黙の契約ようなもので、それが常識化している。

それは、ちょっとよく考えてみると、明らかに不平等な部分が多分にあるのではないか?と私は感じている。
地球上には、『先進国』と言われる国々がある。
日本も、自称『先進国』と表現することが多い。
そこで疑念が湧いてくる。「さあ、それはどうかな?なんかおかしいと思わん?」
国民主体であること、労働時間が短いこと、女性の社会参加においての配慮(性差から、女性男性への対応を変えなければ、真の平等ではない。)...これらだけを見ても、海外先進国(元植民地支配の帝国主義国家であり戦勝国の連合)と比べたら、日本国民の国民主権性なんて全く劣っていることは確かだ。
あまり長く書いてもアレだから、また今度。

【酔ってコメントを書き込み、すっかり忘れている】の巻

あちゃー。やっちまったぁ!


そういう事ってあるよね? お酒を飲みながらSNSを利用していて、明日にはすっかり忘れていた・・・という体験をしたのは私だけではあるまい。

実は、昨日やってしまいまして。元記事も、書いた内容も、さっぱり覚えていないのでした。
読み返したら、返信などもあり、理解はされているようでしたが、英語は間違えているし、覚えていないし・・・もう今日は反省会です。ははは

最近はストレスがひどく、酒を飲まずに眠れない夜が三週間ほど続いているので、危険信号が聞こえてくるようです。

アルコールは脳に良くないので文章力もさらに落ち、ブログの文体も心なしかアヤシイ。

最近は白ワインにハマっているのですが、ちょうどこの間、赤ワインはガンになる、という記事を見かけました。心臓には良いらしいのですがね。いわゆる【フレンチパラドックス】と言われるオハナシ。なのですが、ガンになりやすくなる、という新説が出た途端、フランス本国では、ワインをあまり飲まないように、と、当局が勧告したそうです。

しかし、一つのモノには二面性があるのだな、とつくづく思います。
酒の効果の現れ方にも二面性があり、人間にも二面か三面はある。
英語では、『日本人は三つの顔を持っている』と、まるで特別な事のように言われていますが、日本人以外だって、いくつもの顔を持っている人たちはたくさんいるだろう、と思うのですが、どうでしょう。三つの顔・・・三猿とかけていたりして。ジャップはモンキーだって言いたいのかね?(・・・と詰め寄る私)いや、それは考えすぎかもしれないのですが、まあ、どうでもいいです。同じ人間である自分らを特別視している方が、馬鹿そのもので恥ずかしい存在じゃないですか。

ああーやっぱり酒飲み過ぎて低能になってきたのかも・・・と心配してしまう内容でしたが、とりあえずいったんここで切りましょう。では皆さん、また明日!










28.10.19

日本の人口の半分以上が貧困を体験している今こそ立ち止まろう


現在の日本は,貧困に追われて周囲を見る余裕のない人が増え,足元を掬われやすい危険の中にあります。

今こそ立ち止まり,自らを思いやり,社会の異常さから離れ,全てを見つめなおす時です。


人は問題が起こると,元凶を探してイラつき,問題を解決しようと血眼になる傾向がありますが,そんなとき,社会には,たくさんの罠が仕掛けられます。

その罠が危険なのです。

戦争に解決策を求めるような罠には決して嵌まらぬよう,用心しましょう。

友人とはあなたにとって...


色んな人間関係がある中で「友達」という特別な存在がある。
あえてはっきり言うが,特別な存在としての「ともだち」

あなたにはいますか?…いなかったとしたら,
迎える用意はありますか?…用意があるとしたら,
どのように迎えるつもりですか?…

...私にとって,友達という特別な存在は,家族よりも大事なものです。
だから,この世でやっと探し出せた「真の家族」のように迎える用意でいます。
自分と同等にいたわり,愛すでしょう。